2009年1月24日土曜日

There is probably no God

'No God' slogans for city's buses(BBC)

神は多分いない。くよくよするのはやめて人生を楽しもう――。こんな広告を付けた路線バスが英国各地で走っている。無神論者のグループが市民から寄金を募って始めた。

 発端は同じようにバスを使ったキリスト教団体の広告。劇作家アリアン・シェリンさんがその広告主のサイトを見たら「キリスト教徒でなければ永遠に地獄で苦しむ」。

 カチンと来て反撃広告のアイデアを新聞のコラムに書いたところ無神論者のグループなどが同調。1人5ポンド(約670円)の募金活動で、予想を超える約14万ポンド(約1900万円)が集まった。「無神論バス」は計800台。6日から4週間の予定で運行を続けている。

 「多分」とあるのは、断定すると広告規制に引っかかる恐れがあるため。ビール会社が「多分世界一うまい」とやってクリアしたのにならった。神に限らず何かが存在しないことを証明するのは基本的に無理という事情もある。

 それでも宗教団体は「消費者を欺く広告」と批判。信心深い運転手の乗車拒否も起き、神の有無がバスの運行に影響し始めている。朝日


まあ、なんだかねえ、われわれにはついていけませんな、この雰囲気ってのは。
「かみさんはうちに怖いのがいますけど、オタクの神さんってどんな感じなんでしょう?」かな。
個人的には、どっちでもええじゃなねええかよ、という感じですけど、唯一の神がいて、それに従って生きることが人生の意味を与える文化圏では、どっちでもええじゃないか、とはいってられないらしい。

例えば、さっき見ていたABCの一般向けの女性のしゃべくり番組なんかでも、

Hasselbeck attacks Evolution

進化論を責め立て神の擁護をしている。

因みに議論にでてくるのは、目的論からの神の存在証明というやつで、>Teleological argument

ほら、この世を見てみて!!、すばらしいデザインでしょう。だったら、それを創ったデザイナーがいる筈よ

という議論。古くからあって、また古くから反駁されている。
1)製品にデザイナーがあり、だから、複雑で美しデザインができるからといって、自然も同様とは限らない。
2)仮に自然に設計者がいるとして、それがキリスト教などがいう、全知全能唯一の神とは限らない。複数の知的だが不完全な存在者が設計したかもしれない。
などなど・・・
 ま、神もへったくれも、ない文化では、こうした問い自体があまり意味がない、というか、どうでもいい問題である、と思う。しかし、そんなこというと、わけのわからない異教徒として奇妙がられるから、ニタニタしないで、真面目に聞いているふりをするしかない。