2010年7月27日火曜日

資料

千葉・裁判員裁判の判決要旨 

 覚せい剤取締法違反罪などに問われた男性を無罪とした千葉地裁の裁判員裁判の判決要旨は次の通り。

 ▽起訴内容と争点

 被告は氏名不詳者らと共謀し、営利目的で2009年11月1日、マレーシア・クアラルンプール国際空港で成田空港行き航空機に搭乗する際、覚せい剤1キロ弱をビニール袋3袋に小分けしてチョコレート缶3個に収納、ボストンバッグに隠して積み込み、成田空港内の検査場で覚せい剤を携帯しているのに申告しないまま通過しようとした。

 被告が缶内に覚せい剤が隠されていることを知っていたかが争点。

 ▽判断

 (1)被告はチョコレート缶は土産として他人に渡すように頼まれて預かったと述べ、この言い分が作り話とはいえない。缶はふたの部分が密封され、内容物を外側から確認できず、税関検査でも開封された様子がなく、普通の缶と区別がつかなかった。

 自分で缶をバッグに入れて持ち込んだことから、直ちに薬物が隠されていたことを当然分かっていたとまではいえない。

 (2)関係証拠から、被告は30万円の報酬を約束され、航空運賃を負担してもらい、荷物を日本に持ち込むよう委託を受けたと認められる。

 被告は、委託者から偽造旅券を日本に持ち込むよう告げられ、そのために費用負担していると思っていたと述べている。

 検察官は、多額の費用負担をしてまで偽造旅券を持ち込む必要性がないと主張する。しかし、被告が、偽造旅券が費用に見合う価値がないと理解していたと認めるに足る証拠はない。委託者が費用負担したから、委託された物が薬物と分かったはずとまではいえない。

 被告に缶の内容物を告げなくとも、偽造旅券とともに土産として覚せい剤の回収が可能だったと考えられ、委託者が被告に缶に覚せい剤が存在すると告げていたとまでは認められない。

 (3)缶や覚せい剤の重量に照らしても、缶を持っただけで重量感からチョコレート以外の物が隠されていると気づくはずとは到底いえない。

 (4)検察官は、税関検査で当初預かり物はないとうそをついたのは覚せい剤の発見を免れるためと主張するが、通常の旅行者でも預かり物を正直に申告して厳密な検査を受けることを煩わしく思い、預かり物はないとうそをつくことはあり得る。偽造旅券の発見を免れるためうそをついたとも考えられる。

 (5)検察官は、被告は当初「見知らぬ外国人からチョコレート缶を預かった。麻薬などが入っていないか確認した」と述べ、その後「偽造旅券を受け取るよう頼まれて知り合った人物からチョコレート缶を受け取った。覚せい剤など危険なものではないか確認した」と述べるなど供述が二転三転し、信用できないと主張する。

 しかし、バッグを機内預託手荷物として預けた際には、缶に違法薬物が入っていることを知らなかったという点では一貫していたと認められる。

 被告は、偽造旅券が入った黒いビニール袋を税関職員の目につきにくいバッグの底の方に入れていたにもかかわらず、缶は目につきやすいバッグの最上部に収納、検査を求められると承諾した。

 缶に違法薬物が入っていることを知らなかったと言い逃れる手段として、偽造旅券も運び込んだ可能性があることは否定できない。しかし、単なる可能性のレベルを超えて、缶の収納状況や検査時の態度が言い逃れの手段として演出されたことが証拠上、常識的に考えて間違いないとまではいい切れない。

 ▽結論

 被告がチョコレート缶を受け取った際、中に違法薬物が隠されているかもしれないと思った事実は認められるが、機内預託手荷物として預けるまでの間に、その不安が除かれたとの言い分は排斥できない。違法薬物が隠されていると知っていたことが、常識に照らして間違いないとまでは認められない。犯罪の証明がなく、無罪。

2010/06/22 14:02 【共同通信】


裁判員裁判:初の全面無罪 「疑わしきは罰せず」原則を忠実に

 <分析>

 ◇求められる綿密な捜査、立証
 覚せい剤密輸事件に対する22日の千葉地裁判決は、裁判員裁判で全国初の無罪を言い渡した。被告が覚せい剤と認識して持ち込んだことを直接的に示す証拠はなく、検察側は状況証拠で立証を図ったが、一般市民が加わった判断は「疑わしきは被告の利益に」という刑事裁判の原則に忠実に従った。人を裁く場に直面した市民らの慎重さが表れたと言えるが、捜査当局はより綿密な捜査、立証を迫られている。【北村和巳、駒木智一】

 「控室で『完全に有罪と言い切れないなら無罪』と知った。こうしたルールを守らないといけないんだなと認識させられた」。判決後に千葉市内であった記者会見で、裁判員の男性会社員は語った。

 審理した6人のうち男性2人、女性3人が会見し「黒に近い灰色というイメージだった」と述べた裁判員もいたが、判決は「犯罪の証明がない」と結論づけた。

 相模原市の会社役員、安西喜久夫被告(59)は覚せい剤計約1キロの入ったチョコレート缶三つを成田空港に持ち込んだとして起訴されたが、「中身は知らなかった」と否認。検察側は(1)依頼者側が30万円の報酬を約束し、航空運賃も負担した(2)缶が不自然に重い(3)税関検査で発見されても平然としていた--などから覚せい剤と知っていたはずと主張した。

 しかし判決は▽被告が「偽造旅券を運ぶ報酬」と話している▽重量感から覚せい剤に気付くとは言えない▽動揺が表情に表れる程度は人によって異なる--などと退けた。

 裁判員たちは会見で「確実な立証は一つもないと言える状況」「この人がやったと言いきれる客観的な証拠がなかった」と相次ぎ検察側立証を批判。缶の重さについて裁判員の一人は「300グラムくらいの違いは分からない」と一般常識を強調し、証人の少なさを指摘したり税関検査の撮影を求める声もあった。

 男性裁判員の一人は「検察に『もっと頑張れ』という気持ち。サッカーで言えば(弁護側の)守りがよかったのではなく(検察側の)攻めが弱かった」と努力不足を指摘した。

 被告が覚せい剤密輸の認識を否認する事件では、これまでも持ち込んだ経緯や発見時の様子などで立証され裁判官による裁判で無罪になるケースはほとんどなかった。千葉地裁では総務課によると、全国最多71件(22日現在)の裁判員裁判判決のうち、32件が覚せい剤取締法違反事件で、いずれも実刑だった。

 ある刑事裁判官は「プロの裁判官と裁判員の判断に違いはないはず」と言うが、検察関係者は「一般的に証拠が薄いが、裁判官は密輸の実情を理解して有罪認定してくれていたところがある。裁判員裁判ではいつか無罪は出ると思っていた。今回は証拠はある方だったが、厳しい判断だ」と話した。ある検察幹部は「影響は大きい」と裁判員裁判で初の控訴を検討する意向を示した。

 一方、判決後に釈放された安西被告も会見し「正しい判断をしていただき、ありがたい」と喜んだ。浦崎寛泰弁護士は「裁判員裁判への信頼の向上という点で歴史的意義がある」と評価した。

 今月9日には、強盗致傷、詐欺罪などに問われた被告の裁判員裁判で、東京地裁立川支部が一部無罪を言い渡している。共謀したとされる少年らの証言の信用性を否定し、裁判員からは「証拠がない」「警察、検察の捜査が甘かった」との指摘が相次いだ。

 裁判員制度開始から1年が経過し、今後は被告が本格的に無罪主張する事件の審理も相次ぐ見込み。裁判員裁判は、捜査当局に改めて緻密(ちみつ)で説得力のある証拠収集と立証を求めている。


毎日新聞 2010年6月23日 東京朝刊

プロによる「証拠評価」で有罪期待 裁判員裁判で初控訴の検察
2010.7.5 22:39 産経

 国民がかかわった判断に対して、千葉地検が控訴に踏み切った背景には、直接証拠が少ない今回の事件で、プロの裁判官に間接証拠の評価を委ねて有罪を得たいという考えと、無罪が確定すれば同種犯罪の摘発に影響し、立証のハードルが上がりかねないという判断があったとみられる。
 成田など空港で薬物が見つかる事件は、捜査関係者から「成田事件」と呼ばれ、ほとんどが否認の上、直接証拠に乏しく立証が困難とされてきた。今回の事件でも被告は「違法な薬物を運んだ認識がなかった」と主張。裁判員から「犯行を裏付ける客観的な証拠が欠けていた」などと指摘する声が相次いでいた。
 ある検察幹部は「これまでプロ同士、阿(あ)吽(うん)の呼吸でやっていたが、裁判員裁判では証拠の意味づけや、密輸事件の実情を説明する必要がある。状況証拠をうまく組み立てなければ」と、裁判員相手の難しさを説明する。
 国民感覚が反映された裁判員制度のもとでは、1審判決を尊重すべきだという見解で検察や裁判所は一致している。だが今回、「控訴権を行使しないのは職務に対する背信」(別の検察幹部)と控訴した検察は、事実認定の誤りを主張していくことになる。
 ただ、最高裁司法研修所が裁判員制度下の控訴審で判決を破棄できる例として、争点や証拠の整理が不適切▽結論に重大な影響を及ぼすことが明らかな証拠を調べていない-などを挙げているように、裁判員裁判の判断を覆すことは、そう簡単ではなさそうだ。
 裁判員裁判の1審判決を控訴審が破棄することは、よほど不合理な場合に限られるという流れのなか、東京高裁では、事実認定が真っ向から争われる。検察がどのような主張を展開するかは、裁判員制度のもとでの控訴審のあり方に影響を与えそうだ。

空き巣放火の裁判員裁判「放火は無罪」 東京地裁判決

2010年7月8日16時34分
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 空き巣に入り現金を盗み、室内に放火したとして住居侵入と窃盗、現住建造物等放火の罪に問われた無職岡本一義被告(40)の裁判員裁判で、東京地裁は8日、放火罪の成立は認定せず事実上の「無罪」としたうえで、他の罪について懲役1年6カ月(求刑懲役7年)の実刑判決を言い渡した。

 河合健司裁判長は「被告を放火の犯人とするには合理的な疑問が残る」と述べた。

 岡本被告は2009年9月8日、東京都葛飾区のアパートの一室に窓ガラスを割って侵入し、現金千円を盗んだうえ、石油ストーブ内の灯油をまいて火をつけ、約1平方メートルを焼損させたとして起訴された。被告は室内に侵入して現金を盗んだことは認めたが、放火は物的証拠がなく、被告も否認していた。

 判決は住居侵入と窃盗の罪の成立は認めたうえで、「被告が侵入して立ち去った後、被告以外の第三者が何らかの動機で放火に及んだ可能性を完全に否定することができない」と述べた。

 別の北海道釧路市内での住居侵入と窃盗罪についても有罪とした。





放火無罪の裁判員裁判、「事実誤り」と検察控訴へ
 盗み目的で侵入したアパートに放火したとして、現住建造物等放火罪などに問われた無職岡本一義被告(40)について、同罪の成立を認めず、窃盗と住居侵入罪で懲役1年6月(求刑・懲役7年)とした東京地裁の裁判員裁判の判決について、東京地検は16日、「事実認定に誤りがある上、訴訟手続きに法令違反があった」として、東京高裁に控訴する方針を固めた。


 週明けに上級庁と協議し、最終的に判断する。裁判員裁判で、検察側による控訴は2例目となる。

 岡本被告は昨年9月、東京都葛飾区のアパートに侵入して現金1000円を盗み、灯油を床にまいて放火したなどとして起訴された。8日の判決は、岡本被告が「放火の犯人である可能性はかなり高い」としながらも、「第三者が侵入して放火した可能性を否定できない」とした。

 検察側は公判で、同様の手口による放火の前科があることを示そうとしたが、同地裁は「裁判員の予断を生む」として認めなかった。東京地検は〈1〉第三者が侵入した形跡はなく、侵入の可能性があるとした認定は誤り〈2〉放火の間接証拠である前科を証拠から排除したのは法令違反――とした。

(2010年7月17日13時09分 読売新聞)


裁判員裁判:放火無罪判断、検察側が控訴--全国2例目

 現住建造物等放火や窃盗罪などに問われた無職、岡本一義被告(40)に対し、裁判員裁判で放火を無罪と判断した東京地裁判決(今月8日)について、東京地検は21日、控訴した。判決が「被告以外の第三者が放火した可能性を否定できない」とした点について、事実誤認を主張するとみられる。裁判員裁判の判決に対する検察側控訴は全国で2例目。

 被告が放火したことを示す直接証拠はなく、検察側は冒頭陳述などで空き巣に入った先で放火した前科を指摘しようとしたが「裁判員に予断を与える」と認められなかった。検察側は、こうした訴訟指揮については訴訟手続きの法令違反を主張するとみられる。

 岡本被告は09年9月8日、東京都葛飾区のアパートに侵入して現金1000円を盗み、室内に灯油をまいて火をつけ約1平方メートルを焼いたとして起訴された。【伊藤直孝】

毎日新聞 2010年7月22日 東京朝刊


裁判員裁判:「放火は無罪」判断 「第三者の可能性」

 アパートに空き巣に入り放火したとして現住建造物等放火や窃盗などの罪に問われた無職、岡本一義被告(40)の裁判員裁判で、東京地裁(河合健司裁判長)は8日、放火について無罪と判断し懲役1年6月(求刑・懲役7年)を言い渡した。判決は「第三者が放火した可能性を否定できない」と述べた。検察側は控訴に向け検討を始めた。

 裁判で岡本被告は放火を否認。被告による放火を直接的に示す証拠はなく、検察側は冒頭陳述や被告人質問で空き巣に入った先で放火した前科を指摘しようとしたが、河合裁判長は「裁判員に予断を与える」との弁護側異議を認め制止していた。判決後、男性裁判員(29)は会見で「前科は検察側主張のメーンだったのだろう。証拠として検討されれば結論は違ったかもしれない」と感想を語った。

 岡本被告は空き巣に入って現金を盗み、その場でカップめんを食べたと認め、判決は「被告が放火犯である可能性はかなり高い」と指摘した。しかし、出火は被害者の外出から5時間20分後で、出火当時は玄関のカギが開いていたことなどから「その後の第三者の侵入を想定できないとまで言えない」と結論づけた。

 岡本被告は09年9月8日、東京都葛飾区のアパート1室に侵入して現金1000円を盗み、室内に灯油をまいて火をつけ約1平方メートルを焼いたとして起訴された。【伊藤直孝】

 ◇前科で立証の適否、上級審で争う公算
 河合裁判長は、検察側が放火の間接証拠として提出しようとした同種前科の判決文を公判前整理手続きで却下した。法廷での制止を含め、一貫して「裁判員に予断を与えない」姿勢を強調した訴訟指揮だったと言える。

 前科による立証を巡っては「被告の悪質性を立証する質問で触れることは許される」との最高裁判例があるが、起訴内容の立証に使うことは大審院(最高裁の前身)判例が禁じている。ただし、特殊な手口の犯罪なら例外として許されると解釈する学説があり、地・高裁レベルでも同様の判断が出ている。

 河合裁判長は今回、「窃盗後の放火は特殊手口ではない」と判断。被告人質問を(1)起訴内容の立証関係(2)悪質さなど情状面関係--に分けて行い、(1)で検察側が前科に触れると弁護側の異議を認めて質問を変えさせた。

 これに対し検察側は法廷で「訴訟手続きの法令違反」と強く反発。ある幹部は「前科に触れただけで質問を制止するのは、前科立証の基準を事実上厳しくするもの」と話す。判例の扱いも含め、立証の在り方が上級審で改めて争われる公算が大きい。【伊藤直孝】

毎日新聞 2010年7月9日